2025/06/04 14:11



1971年4月23日にリリースされたローリング・ストーンズのアルバム『Sticky Fingers』は、ロック史において重要な転換点となった作品である。

バンドにとって初の自主レーベル「Rolling Stones Records」からのリリースであり、音楽的にもビジネス的にも新たな時代の幕開けを象徴していた。


それまで彼らはデッカ・レコードからリリースを続けてきたが、『Sticky Fingers』は初めて自分たちのレーベルを通じて発表されたアルバムであり、創造的な自由を手に入れた彼らが真に自分たちの音を探求した記念碑的作品である。



リリース時のバンドの状況とメンバー構成


当時のローリング・ストーンズは、1969年に創設メンバーのブライアン・ジョーンズがバンドを脱退し、直後に亡くなるという衝撃的な出来事を経験していた。

ジョーンズの後任として加入したのが、当時まだ若干20代前半だったミック・テイラーである。彼の加入により、バンドはより精緻で音楽的に豊かなサウンドへと進化していった。


当時のメンバー構成は以下の通り:

・ミック・ジャガー(ボーカル)

・キース・リチャーズ(ギター)

・ミック・テイラー(ギター)

・ビル・ワイマン(ベース)

・チャーリー・ワッツ(ドラムス)


さらに、ボビー・キーズ(サックス)、ジム・プライス(トランペット)といったサポートメンバーが、ホーンアレンジなどで重要な役割を果たしている。

彼らの存在は特に「Brown Sugar」や「Bitch」などの楽曲で際立っており、ストーンズのロックにソウルやジャズの要素を加えることに成功している。





多彩な楽曲たち


『Sticky Fingers』の楽曲群は、単なるロックアルバムの枠にとどまらず、アメリカ南部音楽、ブルース、カントリー、ジャズ、ラテンなど、さまざまなジャンルを縦断する。以下では、特に注目すべき楽曲を個別に解説する。


Brown Sugar

アルバムの幕開けを飾る「Brown Sugar」は、ローリング・ストーンズの代名詞とも言えるエネルギッシュなロックンロールナンバー。スライドギター、ブラス、ジャガーの攻撃的なボーカルが一体となり、リスナーを一気に引き込む。歌詞の内容は奴隷制度や人種、性の問題を扱っており、今日の価値観では議論を呼ぶが、当時のストーンズの挑戦的な姿勢を象徴する曲である。




Sway

「Sway」はミック・テイラーの存在感が際立つ1曲。彼のギターソロはアルバム全体でも屈指の名演とされており、メランコリックなメロディと歌詞が、70年代初頭の社会的ムードと見事に重なる。




Wild Horses

バンドのバラード史において屈指の名作とされる「Wild Horses」は、キース・リチャーズの繊細なアルペジオと、ミック・ジャガーの内省的な歌詞が心を打つ。愛と別れをテーマにしたこの曲は、当時の彼らが抱えていた人間関係や葛藤を反映しているとも言われている。




Can't You Hear Me Knocking

異色の展開を見せる「Can't You Hear Me Knocking」は、前半のブルージーなロックと後半のインストゥルメンタルジャムが見事に融合。テイラーのギターとキーズのサックスによるセッションは、まさにストーンズの音楽的自由を象徴している。


You Gotta Move

デルタ・ブルースへのリスペクトを込めたトラディショナルなカバー曲。アコースティック・スライドギターと朴訥なボーカルが、原点回帰ともいえるストレートな魅力を放っている。


Bitch

「Bitch」はアップテンポなロックナンバーで、ホーンセクションとリフの応酬が痛快。ライヴでも人気の高い曲で、ストーンズらしい荒々しさが全開となっている。


Sister Morphine

マリアンヌ・フェイスフルと共作した「Sister Morphine」は、薬物依存をテーマにしたダークな楽曲。静かで不穏なアレンジと、ジャガーの吐き捨てるような歌唱が緊張感を高める。ローリング・ストーンズの社会性が垣間見える作品でもある。


Dead Flowers

カントリー調の「Dead Flowers」は、当時のカントリーロックの流行を取り入れた一曲で、ミック・ジャガーがカントリーのスタイルに挑戦するという点でも興味深い。シニカルな歌詞と軽快な演奏が対照的な印象を与える。


Moonlight Mile

アルバムを締めくくる「Moonlight Mile」は、ミック・ジャガーとミック・テイラーの共作による幻想的なバラード。弦楽器やピアノを取り入れたアレンジが深みを与え、夜を旅するような孤独と希望が交錯する名曲である。



アルバムジャケットの衝撃


『Sticky Fingers』の印象を強く残すのが、その大胆なアルバムジャケットである。アートワークを手掛けたのはポップアートの巨匠、アンディ・ウォーホル。男性のジーンズ姿を写した写真に実際のジッパーが取り付けられ、開閉できるという斬新な仕様だった。


このデザインは音楽業界だけでなく、アートや広告の世界でも大きな話題を呼び、ストーンズの「過激さ」や「セクシュアリティ」を視覚的に表現する象徴となった。

ジッパーの内側には下着姿が印刷されているなど、視覚的な遊び心と挑発性が融合しており、まさにウォーホルらしい前衛性が表れている。


ただし、この特殊なジャケットは実際の流通において問題も引き起こし、他のレコードを傷つけてしまうという理由から、後の版ではジッパーが印刷に変更された。




サウンドの方向性と音楽的探究


『Sticky Fingers』の最大の魅力は、その音楽的多様性にある。単なるハードロックバンドではなく、アメリカ南部の音楽的伝統、アフリカ系アメリカ人のブルース、イギリス的な皮肉、そして60年代のカウンターカルチャーの残響を融合させた作品として位置づけられる。


このアルバムでストーンズは、バンドとしての成熟を見せただけでなく、それまでの「反体制的ロックバンド」というイメージから一歩進み、「芸術としての音楽」を志向する方向へと歩みを進めた。特にミック・テイラーの存在は、サウンド面での幅を広げ、より叙情的かつ複雑な楽曲を生み出す原動力となった。



アルバムの評価と影響


『Sticky Fingers』はリリース直後から商業的にも批評的にも大成功を収めた。全英・全米チャートで1位を獲得し、1970年代のストーンズの黄金時代を決定づける作品となった。

多くの評論家はこのアルバムを「最高傑作のひとつ」と評価し、今なお数々のベストアルバムランキングに名を連ねている。音楽ファンのみならず、デザイナーやカルチャー研究者にとっても、『Sticky Fingers』は重要な文化的資料である。

また、本作の成功を受けて、ストーンズは翌1972年にアメリカを巡る大規模なツアー「Exile on Main St. Tour(通称:STP Tour)」を敢行し、バンドとしてのパフォーマンス力を再確認させた。



まとめ


『Sticky Fingers』は、ローリング・ストーンズが時代の波に乗りつつも、自らのルーツに立ち返り、新たな音楽的探究に挑んだ作品である。挑発的なジャケット、ジャンル横断的な楽曲、成熟した演奏力と、どこを切り取ってもバンドの個性と革新性が詰まっている。

50年以上経った今でもなお、色褪せることのない本作は、まさにロックの金字塔と言えるだろう。


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