2025/10/30 13:15
■ 1. ソウル黄金期を築いた“誘惑者たち”
60年代のアメリカで、モータウン・サウンドが鳴り響いていた。
その中心に立っていたのが、黒いスーツに身を包み、完璧なハーモニーとステップを決める5人組──**The Temptations(ザ・テンプテーションズ)**だ。
彼らはそれぞれの声がひとつの楽器のように絡み合い、まるで人間オーケストラのような立体的サウンドを作り出した。
テンプテーションズは「クールさ」と「情熱」を同時に体現した存在である。
■ 2. グループ誕生:5人の声が出会った瞬間
テンプテーションズの始まりは、1960年初期のデトロイト。
二つのグループ、The PrimesとThe Distantsが合流し、奇跡のような出会いが生まれた。
当時、彼らはまだ無名。ステージ衣装も揃わず、車を乗り合わせて小さなクラブを回る日々が続いていた。
やがて彼らはモータウンの創設者ベリー・ゴーディに見出され、レーベルと契約を結ぶ。
そこから“誘惑者たち”の物語が始まる。
▼「My Girl」収録|ニュー・ソウル「グレイテスト・ヒッツ24」:LPレコード
● オーティス・ウィリアムズ(Otis Williams)
グループのリーダー。冷静沈着で、メンバー交代の嵐の中でも唯一残り続けた男。

● デヴィッド・ラフィン(David Ruffin)
黄金期のリード・ヴォーカル。スモーキー・ロビンソンが彼の声を「炎とシルク」と評したほどのカリスマ。

● エディ・ケンドリックス(Eddie Kendricks)
高音のファルセットで女性ファンを虜にした。
優雅で繊細な声は、テンプスの“柔らかさ”を象徴している。

● ポール・ウィリアムズ(Paul Williams)
ステージの振付を担当した影の功労者。メンバーの調和を保つバランサーでもあった。

● メルヴィン・フランクリン(Melvin Franklin)
地鳴りのような低音で全体を支える“ベースの巨人”。
彼の声が鳴ると、曲全体にグルーヴが宿った。

この5人の声が揃った瞬間、ソウルの地平は変わった。
■ 3. モータウン黄金期:ヒット曲と革新の連続
モータウンでの最初のヒットは、1964年の「The Way You Do the Things You Do」。
その軽やかなリズムがラジオで流れた瞬間、全米中に彼らの名前が広まった。
続く「My Girl」(1965)は決定打となる。
スモーキー・ロビンソンがプロデュースし、リードを取ったデヴィッド・ラフィンの甘く力強い声が世界を包んだ。
この曲でテンプスは“恋の代名詞”になり、モータウンは黄金期へ突入する。
その後も「Ain’t Too Proud to Beg」「I Wish It Would Rain」など、ソウルクラシックを連発。
ステージでは完璧にシンクロしたステップを披露し、黒人エンターテインメントの品格を一段引き上げた。
だが、舞台裏は常に華やかとは限らない。
人気とプレッシャーの中、メンバーの関係は次第に揺らぎ始める。
■ 4. 革命期:サイケデリック・ソウルへの挑戦
60年代後半、アメリカは公民権運動とベトナム戦争に揺れていた。
モータウンも“ポップで明るい恋の歌”だけでは時代に追いつけなくなる。
そこで新たに登場したのが、プロデューサーノーマン・ホイットフィールド。
彼はテンプスにファンク、サイケデリック、政治的メッセージを融合させた新スタイルを提案する。
「Cloud Nine」(1969)はその第一歩。
ワウギターと重厚なリズム、複数ボーカルが入り乱れる構成──まさに新時代のソウルだった。
この曲はグラミー賞を受賞し、テンプスはふたたび時代の頂点に立つ。
そして1972年の「Papa Was a Rollin’ Stone」。
イントロだけで3分続く異様な構成、社会の闇を描く重い歌詞。
この曲で彼らはアートとしてのソウルを完成させた。
音楽の革命が、誘惑者たちの手で起きたのだ。
▼「Papa Was a Rollin’ Stone」収録|ニュー・ソウル「グレイテスト・ヒッツ24」:LPレコード
■ 5. 名盤・必聴曲リスト
● おすすめアルバム
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The Temptations Sing Smokey(1965)
スモーキー・ロビンソンのメロウな世界と初期テンプスの繊細なコーラスが融合。 -
Cloud Nine(1969)
サイケデリック・ソウルの幕開けを告げた記念碑的作品。 -
All Directions(1972)
「Papa Was a Rollin’ Stone」収録。社会派ソウルの頂点。 -
Masterpiece(1973)
ホイットフィールドの壮大なオーケストレーションが光る。
● おすすめ楽曲
・My Girl
・Ain’t Too Proud to Beg
・I Can’t Get Next to You
・Papa Was a Rollin’ Stone
・Just My Imagination (Running Away with Me)
それぞれの曲が、テンプスの進化をそのまま記録している。
甘い恋から、社会へのメッセージへ──その変化はまさに“黒人音楽の成長史”でもある。
■ 6. 秘話・エピソード
「My Girl」の録音現場は、張り詰めた空気に包まれていたという。
スモーキー・ロビンソンがテイクを止めるたび、スタジオの誰もが息を潜めた。
最終的に録られたラフィンの一声で、全員が確信した──これは“時代を超える”と。
しかしラフィンの天才ぶりは同時に破滅も呼んだ。
遅刻常習、マイクを投げる癖、そして独立志向。
彼はバンドを去り、グループは分裂の危機に立たされる。
それでもオーティス・ウィリアムズはグループを守り抜き、後に自伝『Temptations』を出版。
その精神力が、テンプテーションズという名を半世紀以上保たせた。
ツアー中のエピソードも印象的だ。
衣装のアイロンがけからステップの角度まで、全員で確認し合う姿はまるで軍隊のよう。
“完璧に見せること”こそ、黒人アーティストが当時の社会を超える武器だったのだ。
■ 7. 現在のTemptations
リーダーのオーティス・ウィリアムズは、いまも現役。
80歳を超えた今もステージに立ち、新しいメンバーたちと全国ツアーを続けている。
彼の目には「昔より若いエネルギーがある」と笑みが浮かぶ。
テンプスのDNAは、Bruno MarsやAnderson .Paakといった現代アーティストにも受け継がれている。
グルーヴ、スーツ、笑顔──その全てが、テンプテーションズへのオマージュだ。
■ 8. 誘惑は終わらない
テンプテーションズの魅力は、時代を超えて“人の心を動かす”ことにある。
どんな編成になっても、そこには常に「声の調和」と「リズムの誠実さ」がある。
音楽とは何か。
それは、ひとりでは作れない美しさの結晶だと、彼らは教えてくれる。
半世紀を経ても、彼らのハーモニーは今もなお、世界を静かに誘惑し続けている。
▼商品カテゴリ「R&B」
【出典】
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Otis Williams『Temptations』(自伝)
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Motown Records Official Archives
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Rolling Stone “The Temptations Biography”
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BBC Music Documentary “The Motown Sound”







