2025/09/12 14:12


1. はじめに


あなたがニュースを見て胸を痛めるのは、戦争の映像だろうか。差別や暴力の報道だろうか。それとも、街角でふと耳にする人々のため息だろうか。
1971年、マーヴィン・ゲイはそんな「不安と混乱の空気」を音楽に閉じ込めた。


「What’s Going On」は、問いかけから始まる歌だ。母に、父に、兄弟に、そして社会に――彼は優しく、しかし強い声で「何が起きているのか?」と投げかけた。
憎しみに対して“愛”を差し出したこの歌は、半世紀を経た今もなお、私たちに響いてくる。

この記事では、この楽曲の誕生の背景やエピソード、歌詞の意味を和訳とともにじっくり解説していく。




2. 曲の背景――アメリカが抱えていた傷


1960年代後半から70年代初頭にかけて、アメリカは混乱のただ中にあった。
ベトナム戦争では若者たちが戦地に送り込まれ、帰還しても心身に深い傷を負っていた。黒人コミュニティは依然として貧困や差別に苦しみ、公民権運動で夢見た「平等な社会」はまだ遠かった


マーヴィン自身の弟、フランキー・ゲイもベトナム戦争から帰還していた。

彼が語る戦場の現実は、マーヴィンにとって大きな衝撃となり、音楽家としての使命を根底から揺さぶった。


彼は「甘いラブソング」を歌うだけの存在ではいられなくなったのだ。




3. 裏エピソード――レコード会社との闘い


「What’s Going On」を世に出すまでの道のりは平坦ではなかった。


当時のモータウンは「明るく踊れるヒット曲」を量産するレーベルであり、社会的メッセージ色の強い曲は歓迎されなかった。

創設者ベリー・ゴーディーは、初めてこのデモを聴いたとき「説教じみていて、商売にならない」と激しく反対した。


(ベリー・ゴーディー)イメージ


しかしマーヴィンは譲らなかった。弟の体験や自分の中で渦巻く思いをどうしても形にしたかったからだ。

彼は頑なにレコーディングを進め、周囲の反対を押し切って完成させる。やがてシングルはテスト的に少量プレスされ、ラジオ局に流れ始めた。


すると、予想外の反応が起きた。

リスナーからのリクエストが殺到し、瞬く間に大ヒットの兆しを見せたのだ。

慌てたモータウンは大量生産に切り替え、結果的に「What’s Going On」はマーヴィン・ゲイ最大の成功作となった。


彼はこの一曲で、レーベルの方向性そのものを変えてしまったのである。




4. 歌詞全文と和訳




[Verse 1]

Mother, mother
There’s too many of you crying
Brother, brother, brother
There’s far too many of you dying


母よ、母よ
泣いている人があまりに多すぎる
兄弟よ、兄弟たちよ
死んでいく人があまりに多すぎる


You know we’ve got to find a way
To bring some lovin’ here today


僕らは方法を見つけなきゃならない
今日ここに“愛”を取り戻すために


[Chorus]

Father, father
We don’t need to escalate
You see, war is not the answer
For only love can conquer hate


父よ、父よ
争いを激化させる必要はない
戦争は答えじゃない
憎しみを打ち破れるのは愛だけだ


You know we’ve got to find a way
To bring some lovin’ here today


僕らは方法を見つけなきゃならない
今日ここに“愛”を取り戻すために


[Verse 2]

Picket lines and picket signs
Don’t punish me with brutality
Talk to me, so you can see
What’s going on, what’s going on
Yeah, what’s going on, ah, what’s going on


デモの列、抗議のプラカード
暴力で僕を罰しないでくれ
語り合ってほしい、そうすれば分かるはず
何が起きているのか、何が起きているのか
そうだ、何が起きているのか


[Bridge]

Mother, mother, everybody thinks we’re wrong
Oh, but who are they to judge us
Simply ’cause our hair is long
Oh, you know we’ve got to find a way
To bring some understanding here today


母よ、母よ、みんな僕らが間違ってると言う
でも、彼らに僕らを裁く権利があるのか
ただ髪が長いという理由だけで?
分かり合う方法を見つけなきゃならない
今日ここに理解を生み出すために


[Chorus repeat & Outro]

Picket lines and picket signs
Don’t punish me with brutality
Come on, talk to me
So you can see what’s going on


デモの列、抗議のプラカード
暴力で僕を罰しないでくれ
語り合おう、そうすれば分かるはず
何が起きているのか

(繰り返し)




5. 音楽的特徴


「What’s Going On」の魅力は歌詞だけではない。音楽的にも革新的だった。


ゴスペルを思わせるコーラスとホーン、そしてストリングスが重なり合い、メッセージの重さを優しく包み込む。


リズムセクションを支えるのはモータウン伝説のセッション集団「ファンク・ブラザーズ」。特にジェームス・ジェマーソンのベースは、哀しみと希望を同時に刻み込むような存在感を放っている。


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6. 曲が残した影響


「What’s Going On」は「愛」を中心に据えたメッセージが時代を超えて響き、音楽が社会にできることを証明した。


その後のスティーヴィー・ワンダープリンスはもちろん、21世紀のアーティストたちもこの楽曲を引用し続けている。


2021年にはローリング・ストーン誌「史上最も偉大な500曲」で第1位に選ばれ、まさに“時代を超える歌”として位置づけられた。




7. まとめ


「What’s Going On」は、マーヴィン・ゲイのキャリアを転換させただけでなく、モータウンの歴史を変え、音楽の可能性を広げた作品である。


ただの抗議ではなく、「愛と理解」を解決の軸に置いたこの歌は、今もなお世界中で響き続けている。