2025/09/02 15:00
バンドTシャツの「真贋」をめぐる視点
バンドTシャツの世界には、常に“本物かどうか”というテーマがつきまといます。
古着市場で人気のある90年代のツアーTやヴィンテージTは、価格が高騰するほどに「見分け方」への関心が強まります。
その一方で、市場には偽物も存在するため、「真贋をどう判断するか」という議論は避けて通れません。
バンドTシャツの真贋問題とは?|なぜ見分けが重視されるのか

そもそも、なぜバンドTシャツの世界では真贋がこれほど重視されるのでしょうか。
その背景には、音楽カルチャーと古着市場、二つの文脈が重なり合っていることがあります。
まず、音楽カルチャーの文脈。
バンドTシャツは単なる服ではなく、「音楽を聴いてきた証」としての意味を持つものです。
ライブ会場で買ったツアーTシャツを着ることは、バンドとの共鳴を肌で示す行為。
そこに「本物かどうか」の感覚が強く結びつくのは自然なことです。
一方で、古着市場においてはバンドTシャツは「ヴィンテージアイテム」として評価されます。
80〜90年代のメタリカやニルヴァーナ、レッチリなどのTシャツは、もはやコレクションアイテム。数万円、時には数十万円で取引されるものもあり、その価値を支えるのが“真贋の確かさ”です。
ここで偽物の存在が混じれば、相場や信頼性そのものが揺らぎかねません。
この二つの文脈が交差するからこそ、バンドTシャツの真贋問題は他の古着以上に熱を帯びるのだと思います。
"「見分け」を楽しむ" 勢

「真贋を見分けることそのもの」を楽しむ人。
タグの種類やプリントの質感、ボディの縫製など、偽物と本物の違いを研究すること自体に価値を見出す人たちです。
そうした姿勢は、音楽ファンというよりむしろヴィンテージ好き・コレクターの感性に近いでしょう。
その探究心があるからこそ、古着市場は「物としての歴史」を証明できるし、文化としての厚みも増していくのです。
"「着て音楽を語る」" 勢

一方で、バンドTシャツの魅力はあくまで「着ること」にあると考える人も少なくありません。
彼らにとって真贋の細かい議論は二の次で、Tシャツは好きな音楽を身近に感じるための手段です。
街を歩くときに、ライブに行くときに、自分の胸にバンドのロゴやジャケットアートを掲げる。
そこにあるのは、コレクションではなく日常的な“共鳴”です。
二つの楽しみ方が交錯する

結局のところ、バンドTシャツの楽しみ方は大きく二つに分かれるのだと思います。
ひとつは「そのTシャツを着て音楽を語る」楽しみ方。
もうひとつは「そのTシャツを所有してヴィンテージを語る」楽しみ方。
前者にとっては、音楽を愛する気持ちを表現するためのツール。
後者にとっては、カルチャーや時代を背負った一点物を持つ喜び。
どちらもバンドTを愛する立派なスタンスであり、そこに優劣はありません。
そして面白いのは、この二つの楽しみ方が交錯するところに、バンドT文化の奥行きがあるということです。
ある人にとっては「着るためのTシャツ」が、別の人にとっては「所有するためのヴィンテージ」になる。
その違いが同じ一枚のTシャツの中に同居しているのです。
「偽物か本物か」は鏡のようなもの
だからこそ「本物かどうか」という問いは、最終的に「自分はどんな楽しみ方をしているか」を映す鏡なのかもしれません。
偽物か本物かという議論に熱中するのも、音楽に寄り添うように袖を通すのも──そのどちらもが、バンドTシャツというカルチャーの奥行きを形づくっているのです。
バンドTシャツの真贋をめぐる視点は、単なる服の価値を超えて、人それぞれの音楽との向き合い方を映し出しているのだと思います。