2025/08/08 23:29



発表と時代背景


『Beggars Banquet』(ベガーズ・バンケット)は1968年12月6日にリリースされた。

英国では7作目、米国では9作目のスタジオアルバムである。


前年の『Their Satanic Majesties Request』はサイケデリックな実験作であったが、批評的にも商業的にも評価は揺れ、バンド内部でも「自分たちが本当にやりたい音楽」に立ち返るべきだという空気が高まった。

その結果、本作はブルース、カントリー、フォークといったストーンズのルーツ音楽への回帰となった。


1968年は世界的に不安と変革が渦巻く年だった。ベトナム戦争、中産階級の反乱、学生運動、政治的混乱…。

そんな時代にストーンズは、社会の影や声を音楽に刻み込もうとしていた。




制作体制と録音の軌跡


録音は1968年3月から7月にかけてロンドンのオリンピック・スタジオとロサンゼルスのサンセット・サウンドで行われた。

プロデューサーには新たにジミー・ミラーを迎え、以降『Let It Bleed』『Sticky Fingers』『Exile On Main Street』へと続く黄金期を築く基盤が形成された。


一方でブライアン・ジョーンズは精神的・肉体的問題と薬物問題によりセッションへの参加が断続的だった。

それでも「No Expectations」における美しいスライドギターなど、彼ならではの重要な貢献を残している。




サウンドの多様性とルーツへの敬意


本作はブルース、フォーク、カントリー、ゴスペル、ラテン、インド音楽など、多様な音楽が混ざり合っている。

「Sympathy for the Devil」ではサンバ風のリズムに悪魔の視点で歴史を語らせ、「Dear Doctor」にはカントリー、「Prodigal Son」にはフォーク・ブルース、「Factory Girl」には英国フォークの温もりが漂う。


「Street Fighting Man」ではシタールやタンプーラ、アフリカン・コンガが鳴り響き、「Salt of the Earth」ではゴスペル合唱が労働者への讃歌を高らかに響かせる。

さらにキース・リチャーズはこの時期にオープンGチューニングを試行し始め、以降のストーンズ・サウンドの核を形づくった。


社会を映し込むリリックと構造


「Street Fighting Man」は変革を求める若者の声を象徴し、「Salt of the Earth」は日々を生きる人々への賛歌である。

「Sympathy for the Devil」は歴史的事件を俯瞰しながら人間の業を浮かび上がらせる。


これらの楽曲からは、ストーンズが時代の空気を敏感に吸い込み、政治的熱量を音楽に注いでいたことがわかる。


アートワークと論争の物語性


当初のジャケット案は「落書きだらけの汚れたトイレ」だったが、レコード会社が不適切として拒否。

発売は6か月遅れ、結婚式の招待状風デザインに差し替えられた。


バンドはレーベルに抗議し、ファンにも訴える広告を出すなど、反骨精神を示した。1984年以降、オリジナルの落書きジャケットは再び採用されている。



Beggars Banquet [12 inch Analog] ザ・ローリング・ストーンズ  形式: LP Record




収録曲とその魅力


  1. Sympathy for the Devil(悪魔を憐れむ歌)
     サンバのリズムとパーカッション、ピアノの上で悪魔が歴史の暗部を語る。緊張感と陶酔感が同居する名曲。




  2. No Expectations
     ブライアン・ジョーンズのスライドギターが切なく響くカントリーブルース。別れや諦観を静かに描く。




  3. Dear Doctor
     カントリー色の濃い軽妙なナンバー。田舎町の情景が浮かび、アルバムの息抜き的役割を果たす。




  4. Parachute Woman
     低音の厚みとハーモニカが泥臭いブルースを演出。ねっとりしたグルーヴが癖になる。




  5. Jig-Saw Puzzle
     寓話的かつ風刺的な長尺曲。アコースティックとエレクトリックの絡みが絶妙。




  6. Street Fighting Man
     インド楽器とロックを融合させ、闘争心を煽る。60年代の政治的ムードを象徴する曲。




  7. Prodigal Son
     ロバート・ウィルキンスのカバー。聖書的テーマと土着的響きが混ざるフォーク・ブルース。




  8. Stray Cat Blues
     妖しく危うい物語とスライドギターが夜の匂いを漂わせる。挑発的な一曲。




  9. Factory Girl
     英国フォーク調の素朴な佳曲。労働者階級の女性像を温かく描く。




  10. Salt of the Earth
     ミックとキースのツインボーカルにゴスペル合唱が加わり、労働者への敬意を高らかに歌い上げる感動的なラスト。






評価とその後


本作は批評家から「音楽的成熟の証」と高く評価され、アメリカでプラチナ認定を受けた。

「Sympathy for the Devil」「Street Fighting Man」は今なおロックの象徴的名曲だ。


メンバー自身も本作をお気に入りとして挙げ、2018年には50周年記念エディションがリリースされた。






聴きどころポイント


  • 「Sympathy for the Devil」の歴史を俯瞰する視点と高揚感

  • 「No Expectations」の枯れた情感

  • 「Street Fighting Man」のビートとメッセージ性

  • 「Salt of the Earth」のゴスペルがもたらす感動

  • ブライアン・ジョーンズ最後の輝きが刻まれた音




まとめ


『Beggars Banquet』は迷走を経てルーツに立ち返り、同時に新たな音楽的冒険へ踏み出したアルバムだ。

多様な音楽性、社会的視線、メンバーの個性が有機的に融合し、ロック史に燦然と輝く存在となった。


聴くたびに新たな発見と共感をもたらすこの作品は、ロックを愛する者にとって永遠の必聴盤である。






出典一覧


  • 音ログ『Beggars Banquet』解説(発売日、ジャンル、録音、楽曲分析など)

  • Wikipedia 日本語『ベガーズ・バンケット』(制作期、チャート、メンバーの評価など)

  • uDiscover Music 日本版『…最高のブルース・ロック・アルバム…』など(制作背景、楽器編成、歌詞分析)

  • Shin 音と音楽と日常『決定的アルバム』、トイレジャケット論争など