2025/06/25 18:23



1967年、ビートルズはロックバンドとしての頂点に君臨していた。


『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』でポップミュージックの表現形式を根底から覆した彼らは、次なる一歩として、さらなる実験性と映像表現を模索するプロジェクトに乗り出した。

それが『マジカル・ミステリー・ツアー(Magical Mystery Tour)』である。


映画とサウンドトラックの二重構造


『マジカル・ミステリー・ツアー』は単なるアルバムではない。もともとはビートルズ自らが脚本・監督・制作を手がけたテレビ映画のサウンドトラックとして構想された。

奇妙なバスツアーに参加した乗客たちが体験する不条理で幻想的な出来事の数々を、音楽と映像で描くという試みだった。


映画は1967年12月26日にBBCで放送されたが、白黒テレビが主流であった当時、サイケデリックな色彩効果の多くが視聴者に伝わらず、「意味不明」「退屈」と酷評された。


リリースとフォーマット


『マジカル・ミステリー・ツアー』は、英国では2枚組EPとして1967年12月に発売され、映画の挿入曲6曲を収録。

一方、米国では同年11月にアルバム形式でリリースされ、EPの6曲に加え、同年にリリースされたシングル曲5曲をB面に追加した全11曲構成となっていた。


このアメリカ版が1987年のCD化の際に公式アルバムとして国際的に採用され、現在ではこちらがスタンダードとなっている。





収録曲(アメリカ盤)




1. Magical Mystery Tour
作曲者:ポール・マッカートニー(ジョンも少し関与)




2. The Fool on the Hill
作曲者:ポール・マッカートニー




3. Flying
作曲者:ビートルズ全員(インストゥルメンタル/全メンバー共作)




4. Blue Jay Way
作曲者:ジョージ・ハリスン




5. Your Mother Should Know
作曲者:ポール・マッカートニー




6. I Am the Walrus
作曲者:ジョン・レノン




7. Hello, Goodbye
作曲者:ポール・マッカートニー(ジョンはあまり気に入っていなかったという説もあり)




8. Strawberry Fields Forever
作曲者:ジョン・レノン




9. Penny Lane
作曲者:ポール・マッカートニー




10. Baby, You’re a Rich Man
作曲者:ジョン・レノン(主)+ポールのサビパート




11. All You Need Is Love
作曲者:ジョン・レノン(ポールは編曲面などで協力)




これらの楽曲は、ビートルズの創作姿勢、スタジオ実験、そしてメンバー各々の精神状態を如実に映し出している。




制作背景:ポールの「主導」とジョンの「幻覚」


『マジカル・ミステリー・ツアー』は、ブライアン・エプスタインの死という大きな喪失の直後に構想された。

1967年8月27日、ビートルズのマネージャーであり精神的支柱でもあったエプスタインが急逝。その混乱の中、ポール・マッカートニーはグループをまとめるべく、このプロジェクトを主導した。


ポールの構想は、「子どもの頃のバス旅行」の記憶にインスピレーションを得たものだった。意味も目的もない旅の中に、シュールな出会いや体験を詰め込むことで、自由な創造を具現化しようとした。

脚本は即興的で曖昧な部分も多かったが、それがかえってアヴァンギャルドな印象を生んだとも言える。


一方で、ジョン・レノンはこの頃、LSDの使用を通して自己と世界の境界を見つめ直していた。

特に「I Am the Walrus」はその象徴である。この曲はルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に登場する「セイウチ(ワルラス)」をモチーフにし、サイケデリックな言語遊びと混沌を極めるストリングス、ラジオドラマの挿入など、ジョンの内面の旅そのものが反映されている。


異色の楽曲たちとその特異性


「Flying」──ビートルズ唯一のインストゥルメンタル

『Flying』は、全メンバーの共作による珍しいインストゥルメンタル。

夢のようなメロトロンの旋律とリバーブのかかったドローンが、どこか現実から切り離された浮遊感を演出している。

楽曲自体は短くシンプルだが、映像作品との融合においてはその役割を果たしていた。


「Blue Jay Way」──ジョージの陰影

ジョージ・ハリスン作の『Blue Jay Way』は、ロサンゼルスの丘にある同名の通りで友人を待つ体験を基に書かれた。

テープの逆回転、ドローン的なコード進行、鬱屈としたボーカルが不穏なムードを醸し出している。

この時期のジョージはインド音楽に深く傾倒しており、その精神性がサウンドに滲んでいる。


「The Fool on the Hill」──ポールの内省

『The Fool on the Hill』は、周囲からは愚か者に見えても、実は全てを見通している存在への共感を歌ったポールの名作である。

シンプルなピアノに始まり、レコーダーの旋律が加わる構成が心地よく、孤独と覚醒の二面性を感じさせる。


シングル曲群:ビートルズ黄金期の結晶

このアルバム後半を飾る5曲は、いずれも1967年にシングルとして発表され、ビートルズが音楽的にも思想的にも飛躍した一年を象徴するものばかりである。


「Strawberry Fields Forever」と「Penny Lane」は、ジョンとポールそれぞれの幼少期の記憶を基にした作品であり、対照的な視点からリヴァプールを描く。

前者は夢想的かつ内向的、後者は観察的かつ快活。この二曲のカップリングは、ポップソングにおける心理的深度の可能性を大きく広げた。


「All You Need Is Love」は、BBCの国際衛星中継「Our World」で全世界に向けて披露された平和のメッセージ。

高らかなコーラスとシンプルなリフレインは、時代を超えて人々の心に響き続けている。


過小評価と再評価


『マジカル・ミステリー・ツアー』は当初、その曖昧なコンセプトと過剰なサイケデリアゆえに、評論家から冷ややかな目を向けられた。

しかし時が経つにつれ、この作品の実験性と多様性、そして1967年という時代の空気を封じ込めたドキュメントとしての価値が見直されるようになった。


『サージェント・ペパーズ〜』と並び、ビートルズが「ロックバンド」を超えていった軌跡の一部として、このアルバムは現在では名盤と評価されている。


最後に


『マジカル・ミステリー・ツアー』は、決して一つの明快なメッセージを持つ作品ではない。

むしろ、断片的な幻覚、感情、記憶、社会への応答がコラージュのように重なり合う。

旅の意味を説明しない旅。答えのない問いを投げかける旅。


ビートルズはこの作品で、聴き手自身がその「ミステリー」に飛び込み、意味を編み出すことを求めたのかもしれない。




出典


※1 『The Beatles: The Biography』(Bob Spitz, 2005)
※2 『The Beatles Anthology』(Chronicle Books, 2000)
※3 BBC Music Review Archive(https://www.bbc.co.uk/music)
※4 The Beatles Official Website(https://www.thebeatles.com/albums/magical-mystery-tour)
※5 『The Complete Beatles Recording Sessions』(Mark Lewisohn, 1988)
※6 『Revolution in the Head』(Ian MacDonald, 1994)
※7 『The Beatles Anthology』(Chronicle Books, 2000)
※8 ポール・マッカートニー本人による回想(BBC Radio Interview, 1995)
※9 『Lennon Remembers』(Jann S. Wenner / Rolling Stone, 1970)
※10 『Here, There and Everywhere』(Geoff Emerick, 2006)
※11 The Beatles Bible(https://www.beatlesbible.com/songs/flying/)
※12 同上(https://www.beatlesbible.com/songs/blue-jay-way/)
※13 『Many Years From Now』(Barry Miles / Paul McCartney, 1997)
※14 『1001 Albums You Must Hear Before You Die』(Robert Dimery 編)
※15 『The Beatles: Recording Sessions』(Mark Lewisohn)
※16 Rolling Stone Magazine Archives(https://www.rollingstone.com/music/music-lists/)
※17 Mojo Magazine 特集 “The Psychedelic Years”
※18 AllMusic Review Archive(https://www.allmusic.com/)