2025/06/19 07:54

スティーヴィー・ワンダー(Stevie Wonder)は、アメリカ音楽史における最重要アーティストの一人。
その輝かしいキャリアの中でも、特に1972年から1976年にかけて発表された3枚のアルバム──『Talking Book』『Innervisions』『Fulfillingness' First Finale』は、ファンや評論家の間で“三部作(Trilogy)”と称され、高い評価を得ている。
この3部作は、商業的成功と芸術的革新の両方を極めた希有な作品群である。
スティーヴィー・ワンダーが音楽においていかに革命を起こしたかを明らかにしていこう。
第1作:『Talking Book』(1972年)
解放と表現の自由を手にしたアルバム

1972年10月にリリースされた『Talking Book』は、スティーヴィー・ワンダーが21歳のときに発表した作品であり、モータウンとの契約を再構築した後の最初の本格的アルバムである。
それまでの“モータウン・サウンド”に縛られた商業路線から脱却し、ワンダーが自らの芸術的意思に基づいて制作を行った記念碑的な作品。
このアルバムでは、クラヴィネットやシンセサイザー(特にTONTOシステム)などの電子楽器を積極的に導入し、ファンクとソウルの融合を新たな次元に引き上げた。
また「Superstition」や「You Are the Sunshine of My Life」といった代表曲は、彼の卓越したメロディセンスとリズム感、そしてポップスとしての完成度を証明している。
本作を通して、スティーヴィーは“マルチ・プレイヤー/コンポーザー/プロデューサー”としての地位を確立した。
第2作:『Innervisions』(1973年)
社会と精神の深層に踏み込んだ問題作

1年後の1973年8月にリリースされた『Innervisions』は、スティーヴィー・ワンダーの作家性が最も深く顕在化した作品である。
政治、ドラッグ、宗教、人種といった当時のアメリカ社会が抱える問題を、鋭い視点と豊かな音楽性で描き出した。
冒頭の「Too High」では薬物依存の恐怖を、代表曲「Living for the City」では黒人差別の現実を描写しており、その描写力と音楽的演出は、まさに“音のドキュメンタリー”とも言える。
また、サウンド面でもシンセサイザーとアコースティック楽器を絶妙に融合させ、ジャズ的なハーモニーとファンクのグルーヴが共存するなど、実験的でありながら聴きやすいバランスを実現している。
グラミー賞では最優秀アルバム賞を受賞し、社会性と芸術性が両立する作品として多くの支持を集めた。
第3作:『Fulfillingness' First Finale』(1974年)
内省と祈りのアルバム

3部作の締めくくりとして1974年7月に発表されたのが『Fulfillingness' First Finale』である。本作は前2作に比べてより静かで内省的なトーンを持ち、宗教的テーマや死生観を扱うなど、精神世界への探求が強く感じられる。
収録曲の中でも「Heaven Is 10 Zillion Light Years Away」や「Creepin’」は、敬虔さと瞑想性を兼ね備えており、ワンダー自身の心の深奥を映し出している。
一方で、冒頭の「Smile Please」や「Boogie On Reggae Woman」など、軽快で親しみやすい楽曲も配置されており、アルバム全体のバランスも見事である。
このアルバムもまたグラミー賞を受賞し、彼が連続して音楽的頂点を更新していく過程の中で、極めて完成度の高い作品と評価された。
なぜこの3部作が評価されているのか
この3部作が高い評価を得た理由。それはヒット曲の量や各曲の質だけでなく、音楽的革新性・社会的メッセージ・個人の感情表現が高次元で融合しているからに他ならない。
また、これらの作品は、スティーヴィー・ワンダーがプロデューサーとして完全な自由を獲得した上で生まれたことも特筆すべき点である。当時の黒人アーティストがこれほどの自主性を持ち、かつ商業的成功を収めることは非常に稀だった。
さらに、3作連続でグラミー賞において主要部門を受賞し、時代とともに生き、変化しながらも一貫して人間への信頼や希望を描き続けた点も、後世のアーティストに大きな影響を与え続けている。
三部作のその後──『Songs in the Key of Life』への道

この三部作は、1976年の『Songs in the Key of Life』へと繋がっていく。本アルバムはワンダーの集大成とも言える2枚組アルバムであり、ここで彼はより多彩な音楽性と普遍的なテーマへと昇華していく。
ただし、あの大作が成立するためには、前述の三部作による音楽的・精神的基盤が必要不可欠だったことは言うまでもない。
スティーヴィー・ワンダーが残した70年代の“聖典”
『Talking Book』『Innervisions』『Fulfillingness' First Finale』は、それぞれが独立した傑作でありながら、三部作として聴くことでスティーヴィー・ワンダーというアーティストの進化と内面の旅路を体感できる。
彼が“時代の声”となり得た背景には、これらの作品に込められた真摯なメッセージと、音楽への情熱がある。
この三部作を改めて通して聴くことで、私たちは音楽がただの娯楽ではなく、社会や個人の深層とつながる“文化的装置”の面を持つことの再認識できるだろう。
出典元
Wonder, Stevie. Talking Book (1972), Innervisions (1973), Fulfillingness' First Finale (1974). Motown Records.
Posner, Gerald. Motown: Music, Money, Sex, and Power. Random House, 2002.
Ritz, David. Divided Soul: The Life of Marvin Gaye. Da Capo Press, 1991.(モータウンの背景資料として)
Rolling Stone Magazine. “500 Greatest Albums of All Time.”(https://www.rollingstone.com)
AllMusic Guide. “Stevie Wonder Biography.”(https://www.allmusic.com)